井口本(井口;2007)を補助線にして認知症者への「はたらきかけ」の変容の概要をつかむ。
1960年代から70年代
戦後の高度成長に伴う急激な社会変動があった。それとつながっているとされる老人の社会的孤立がおこる。それとつながっているとされる病気が増え、また高齢者の就労機会がなくなり、さらに社宅生活後の住宅をどうするかが問題となる。その言説の根拠の正否に関わらず、老人をめぐるできごとが社会問題として取り上げられるようになったとはいえる。
1980年代前半
在宅における寝たきり老人の問題、そしてそれを受け入れる福祉施設も在宅介護事業も不足していることから、介護負担を解消するために老人病院への社会的入院が増加していった。その背景には、1970年1月からはじまった70歳以上の老人医療費の公費負担制度による本人負担の無料化があると言明されることになった。老人病院の「はたらきかけ」に対して、マスメディアによる告発などが社会で取り上げられる。1983年に老人保健法が制定され、老人に対する医療を規制する性質と、あわせて病院と在宅の中間的位置にあって、リハビリテーションをという「はたらきかけ」をもつ老人保健施設が制度のしくみとして創設される。簡単にいえばこんな流れで示される。寝たきり老人が社会問題化し、その「はたらきかけ」としてリハビリテーションという方法が制度としてできあがった時代だったと肯定的にみる立場が多い。しかしこの時代におこった過程を丁寧に当時の言説から読み解き、
過剰な医療は悪という考え方が強調され、悪徳病院、悪徳医師という悪者が生み出された。
折しも1960年代から1970年代には、公害問題がおこり、環境問題が社会問題となった。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』や1975年4月に出版された有吉佐和子の『複合汚染』がベストセラーになっており、科学物質や合成洗剤などが生命に対して害であるという考え方や公害企業の責任が追求されるという構図と、過剰検査や過剰医療の害とそれを行う悪徳医師というイメージが容易に重なることになった可能性がある。
「寝たきり」−>「介護の必要性」+「介護力不在」=「老人病院の社会的入院=過剰検査過剰医療」−>マスメディアによる社会問題化ー>法制度の修正(老人保健法)による医療規制+新「はたらきかけ」のオープンショウ
1980年代後半(予防・リハビリと病因論)
公害運動、オイルショック
注
①オイルショック
1973年(昭和48年)第4次中東原油の供給停止によって起こった経済混乱
2010年3月13日土曜日
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