はじめに
最近、老いの経過としての耄碌・呆けと思われてきた認知症が病気のよる症状であることが一般に広く周知してきた。そのことにより、認知症を早期発見し適切な医療やケア環境を整えるべきことが課題にあてられ、国をあげての認知症の専門医療化・専門ケア化が始まったように見える。診断技術や薬の開発、ケア職員の高度な研修は行われはじめたけれども、認知症ケアを行うために、主に人手にかける財源(介護報酬)は減らされ続けてきたという矛盾もまた影に潜んでいる。いったい何が起こっているのだろう。本章ではこのような問いを立て、できるだけ簡潔に、「認知症とそのケア」についての歴史と、それにまつわる言説をまとめてみる。
1、耄碌、呆け、痴呆、認知症の歴史
(1)国際的な高齢化問題としての「認知症」
1980年代ころより高齢化の進んだ欧米で、Dimentia(認知症)の治療やケアについて社会問題とされはじめ、高齢化の進展とともに認知症患者は爆発的に増加していることが報告されている。たとえばアメリカでは、アルツハイマー病の症例は四半世紀で50万から一挙に10倍の500万への爆発的上昇を示している。
国際アルツハイマー病協会による世界アルツハイマーレポート2009年版によると、60歳以上人口における認知症の概算推定発症率は、2010年推定では世界平均で4.7%(西ヨーロッパ7.2%,南ラテンアメリカ7.0%、北アメリカ大陸6.9%、カリブ諸国6.5%、)に及んでいる。特に最近では低中所得国での認知症患者の急増が起こり始め、医療、保健、社会的介護制度の構築が重要な課題となっている。今後認知症患者数は、20年毎に倍増し、とりわけ低中所得国での患者数の急激な拡大がおきることが予測されている。
なぜこのような急激は増加が起きるのかについては、アルツハイマー病をはじめとする認知症に対する認識の問題がその根底にあると言われる。たとえば認知症は老化現象であるという考えとどうしようもないという迷信が、認知症の介護を困難にし、認知症患者と介護者を責め苦しめていると論じている。○注1
日本においても、この世界の流れのなかで、2005年開始された「認知症を知り地域をつくる10か年」の推進や2008年「認知症の医療と生活の質を高める緊急プロジェクト」などが進められようとしている。
○注2
注1)World Alzheimer Report http://www.alz.co.uk/research/worldreport/ ,(2010/02/05)
注2)厚生労働省報道発表資料 http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/07/h0710-1.html
(2010/02/05)
(2)「痴呆」から「認知症」へ
今では「認知症」の原因となる代表的な疾患とされるアルツハイマー病は、いまから110年ほど前、オーストリアの精神病理学者であったアロイス・アルツハイマーが、認知症の症状をもつ51歳のアウグステさんを診て、その症例を発表したことから、本格的な医学的探索が始まった。アルツハイマーは、褥瘡による敗血症で亡くなった彼女の脳組織を調べ、老人斑と神経原繊維変化を発見とその症例を学会に発表、翌年に論文として発表した。当時のヨーロッパ医学界の大御所であったクレペリンの書かれた教科書に取り上げられ、「アルツハイマー病」と名付けられたとされている。
日本では、明治41年(1908年)に西欧医学の学術用語を日本語に訳する際、当時の精神医学界の大御所である東大医学部精神科の呉秀三教授によって「痴呆」と訳出された。それ以降、語源に「痴=おろか、呆=あほう」の侮蔑的な意味を含む言葉が「学術用語」として、また法律上での「公用語」として、2005年に「認知症」と見直しされるまで、約100年間使われてきた。
(3)「痴呆」から「認知症」への名称変更と、認知症を取り巻く地域作りキャンペーン
「痴呆」という言葉は学術用語として使用されてきたが、市民の間では年をとって心身の働きがにぶくなり、老い耄れた状態になることを「耄碌(もうろく)」という言葉で言い表してきた。その後、1970年代(昭和45年)より高齢者在宅介護が社会問題化するようになり、1972年に出版されベストセラーとなった有吉佐和子の『恍惚の人』以降、「呆け・ぼけ」という卑語が、その糞便と悪臭にまみえた姿のスティグマ(負の意味のレッテル)として、市民の間で日常的に使われるようになった。
1973年の「老人医療費支給制度」が開始され、70歳以上(寝たきり等の場合65歳)の高齢者の自己負担の無料化がはじまり、その結果「病院の待合室のサロン化」「社会的入院」「薬漬け医療」助長の問題が指摘された。○平成12年厚生労働白書
その後10年間の老人医療費無料の時代を経て、1983年(昭和58年)に老人保健法が施行され、
増え続ける老人医療費を抑えるために、高齢者の医療費負担が再開された。その後は数年から1年おきの負担引き上げ、老人保健の対象年齢の引き上げなどの修正が行われてきた。
このような老人医療費の拡大問題への対応として、社会的入院の解消をはかり、在宅生活の継続とその介護の社会化をうたう介護保険制度が2000年から施行された。
さらに介護保険制度創設5年後の見直し規定(附則)をうけて、2006年4月から「食費の自己負担」「介護予防」を目的とする要介護者増加抑制のための介入(筋力トレーニング・栄養指導・口腔機能改善)「地域密着型サービス」として認知症ケアの地域化が行われた。
新しい医療・介護の制度として期待された介護保険制度であったが、3年毎の介護報酬の減額、市町村の介護保険料の増額、あわせて制度創設にあわせて参入した営利企業による不正請求や倒産、撤退が続いた。これらは過去10年間の老人医療保健制度の将来展望なき度重なる改悪を彷彿させる出来事であり、福祉人材の離職や若者の介護職離れを加速させていった。
これらの制度の揺れにあわせたかのように、2004年9月から「痴呆」から「認知症」への変更が行われ、2006年4月の介護保険法改正により、「痴呆」という言葉を、認知症と読み替えることが行われた。その法文による認知症の定義は、「脳血管疾患、アルツハイマー病その他の要因に基づく脳の器質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他の認知機能が低下した状態」とされた。
この「痴呆」から「認知症」への名称変更をジャンプ台として、厚生労働省は、2005年より「認知症を知り地域をつくる10か年」の推進や2008年には「認知症の医療と生活の質を高める緊急プロジェクト」などが進められてきた。結果、主に自治体(91%)において主催された講座によって、平成21年末までに147万人余りの認知症サポーターが養成されている。日本の人口の約1%にあたる数である。各県ごと、さらに市町村ごとに、平成21年12月31日現在のサポーター講座開催回数、認知症サポーター数の統計が取られている。まさしく県、市町村に国から達成目標が指示され、動員をかけて目標数値達成がおこなわれたというのが、本当のところではないだろうか。それにしても6時間のキャラバン・メイト養成研修受講者(受講要件には認知症ケアの在宅介護経験者や、医療保健福祉の専門家であるとはいえ)の講義によって行われる90分の認知症サポーター研修で認知症と認知症ケアの何が伝えられるのか。広範な人に認知症を理解してもらうという目的の重要性を認めながらも、半端な知識を地域に広めることによって、どのような影響が起こっていくのかを今後検証することが必要だろう。
たとえば、認知症に対する一般的な知識を得ることによって、いままでよりも認知症かもしれないと心配する人が増え、医療機関への受診者が増えていることが起こっている。○注3
たとえ早期受診によって、認知症の可能性が判定されたとしても具体的な医療・介護サービス資源情報へのアクセスへの遠近、また医療や介護を受ける場合の経済的負担の問題、地域における医療・介護サービス資源の供給量の地域差などの解決なしに、地域で支えるということには限界があるだろう。
また短時間で広範な人々に、認知症に関する知識を伝えようとするならば、それは標準的な知識にならざるをえず、認知症を生きる人それぞれの固有性に対しての弾力的なケアができなくなっていく可能性があるだろう。
○注1)全国から7人の認知症の本人が集まって、「本人会議」を行い、認知症・本人の思いとして「本人会議アピール文」を社会に発信したが、それが「認知症」の人の総意であるかのような取り扱い方をされていること、たとえば認知症の状態の方は、このように病識もあり、他者に自分の状態を伝えられる条件・環境にある人の7名の意見だけで言えるのかどうか。一人一人に聞く姿勢や方法や、また困難性などの実際の生活の場の個別な条件状況がまったく抜け落ちていく可能性がおこる。
○注2)クリスティーン・ブライデンさんの取り扱いに関しても同様。
(4)「認知症」の言葉のもつ相反する二つの性質
診断や療養の場で用いられる医学上の用語として「痴呆」という言葉の使われ方は、ひとつの診断名として使用されてきた歴史があった。医学用語として使用される場合は、原因疾患を付して「アルツハイマー痴呆」「脳血管性痴呆」というように使用された。専門用語の使われ方としては、痴呆という言葉のもつ侮蔑檄な意味合いを抜けば、特に問題はないといえる。
しかし「痴呆」という言葉のもつ日本語の意味は、「あほう・ばか」と通ずるものであり、侮蔑的な意味合いがふくまれており、今後、このような状態にある方が増える社会においては、いろいろな支障を生むことになると考えられて、名称を変更することになった。たとえばその支障のひとつには、この侮蔑的な意味を含む「痴呆」という言葉により、現在では認知症という病気の早期発見・早期診断等に支障が生まれているという判断である。
また「認知症」と語尾に病気の状態を示す「症」とつけたのは、「痴呆」の中には一部治癒若しくは症状が安定するものがある一方、他の多くの場合は進行性であり状態が固定していないためであるとされた。つまり「〜障害」のように変化がなく固定した状態とは異なり、その症状は「(良くも悪くも)変化する」という性質を表している。しかしその原因となる病態は非可逆的な疾患による症状の状態にのみ「認知症」として扱われてきた。たとえば、可逆的な疾患であるうつ病による仮性痴呆(仮性認知症)は、適切な治療を行うことによって治癒するのが定説であるので、うつ病が原因だと確定できる認知症様状態は「認知症」ではないことになる。また脱水などの体調不良によってもおこる「夜間せん妄」などの症状についても同様である。
もう一度「認知症」の定義を確認すれば、「認知症」は多様な原因で一定範囲の症状(記憶・思考・判断・注意の障害)が引き起こされ、そのことより社会生活や職業上の機能に支障をきたす状態・症状」の意味として使用される。たとえば「認知症高齢者」「認知症の評価尺度」などは、「認知症」という語を、認知症の状態という意味で使っている。また他には「認知症」を引き起こす症候群(疾患群)を表す使い方もされる。たとえば「脳血管性認知症」とか「レビー小体型認知症」のような疾患名としての使われ方である。
たとえば疾患名として扱う場合は、認知症の診断基準の客観性や科学的根拠の提示を求められ、早期診断を正確に行い適切な診療に結びつけるという一連のプロセスとして「(原因疾患名)認知症」が位置づけられ、今後ますます、原因疾患別の認知症発症機序の研究や、症状の治療に対する臨床研究および薬の開発などの基礎研究が進展していくことが確実である。
しかし、その定義のなかの「一定範囲の症状(記憶・思考・判断・注意の障害)が引き起こされ、そのことより社会生活や職業上の機能に支障をきたす状態・症状」というところに曖昧な(恣意的な)部分が残されていることにも注意をしたい。社会生活とは何を言うのか、電話の応答に支障をことなのか、認知症という病気の説明を受け正しく理解することに対する支障なのか、このように考えてみると社会生活という範囲や内容の幅はいくらでも広がりうる。また職業上の機能の支障でも、職業の種類や役職、年齢などによってもその機能は異なり、どの程度を支障というのかなど、曖昧さ(恣意性)を含むのである。この曖昧さは、このようにひとり一人の個別性によって生まれるものである。
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しかし最近の認知症ケアキャンペーンにみられる主題は、「認知症の疾患モデル」を強く主張しつつ、個別性にかかわらず、ともかく認知症は病気として存在するのだから、多かれ少なかれ、認知症としての経過をたどることは確実だ。だからそれぞれの過程段階における、治療方針と標準的ケアのあり方をつくり、それにもとづき全国一律な医療と介護を行おうという目的がその背景にありそうだ。基本的には 医療診断モデル、看護診断モデルと同型のモデルが強調されていると言えよう。また、介護サービスに導入されようとしている標準ケアモデルの原型は、従来の「疾患モデル」と相対する「関係モデル」を基本にしており、その二つの「疾患モデル」と「関係モデル」をどうつなぎ合わせるのかが実践的な問題となるだろう。
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